第6-21日 Vol.161  皆此の經に於て宣示顯説す 【如來神力品第二十一】(二十九~三十五行)

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★★ きょうの謎!
 

その謎1:釈迦は、上行等の地涌の大菩薩大衆に対しては、将来に如来が居なくともこの法

     華経に記されていることだけでしっかり修行していける意味を告げているので

     しょうか?
   
その謎2:どんな諸佛や如来による大神力の不可思議な威力も、法華経に記されているすべ

     ての真実には到底、敵わないということなのでしょうか?
 

 
■■第6-21日 Vol.161
 
 皆此の經に於て宣示顯説す
 
  【如來神力品第二十一】
  (二十九~三十五行)
 
■■今日の一偈一句
 
 ソ トキ ホトケ ジョウギョウトウボサツダイシュツ      ショブツ ジンリキカク ゴト ムリョウムヘンフ
 爾の時に佛、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、諸佛の神力は是の如く無量無邊不
 
 カ シギ   モ ワレ コ ジンリキ モッ  ムリョウムヘン  マンノクアソウギ コウ オイ ゾクルイ タメ
 可思議なり。若し我是の神力を以て、無量無邊百千萬億阿僧祇劫に於て、屬累の爲
 
  ユエ コ キョウ クドク ト     ナ ツ    アタ   ヨウ モッ コレ イ    ニョ
 の故に此の經の功徳を説かんに、猶お盡くすこと能わじ。要を以て之を言わば、如
 
 ライ  サイ ショウ ホウ ニョライ  サイ ジザイジンリキ ニョライ  サイ ヒヨウ ゾウ ニョライ
 來の一切の所有の法・如來の一切の自在の神力・如來の一切の秘要の藏・如來の一
 
 サイ ジンジン ジミナコ キョウ オイ センジケンゼツ  コ ユエ ナンジラニョライ メツゴ オイ  マサ
 切の甚深の事・皆此の經に於て宣示顯説す。是の故に汝等如來の滅後に於て、應當
 
   シン ジュジ ドクジュ ゲセツ ショシャ セツ ゴト シュギョウ
 に一心に受持・読誦し、解説・書寫し、説の如く修行すべし。
 
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   1. 今 日 の 解 読 !  (苦)
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その時に佛は、上行等の菩薩大衆に告げられた、諸佛の神力はかくの如く無量・無辺
 
 
・不可思議である。もし我がこの神力をなして、無量・無辺・百千萬億・阿僧祇の劫
 
をかけて、属累(ぞくるい:委嘱、委任)をすることを目的にこの経により得れる功
 
徳を説いたとしても、なおもすべて説き尽くせるものではない。概要をもってこれを
 
言うならば、如來の一切の所有の法・如來の一切の自在の神力・如來の一切の秘要の
 
藏・如來の一切の甚深の事・これらは皆この経に於て宣示顕説するということである。
 
この故に汝等は如來の滅後に於て、しっかり受け止めて必ずや一心に受持・読誦し、
 
解説(げせつ:説を解明する)・書写し、説の如く修行するのだ。
    
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   2. 今 日 の 説 法 !  (集)
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前回では、釈迦牟尼佛が天上界の諸天によりはじめて十方世界に紹介され、その虚空
の中の声を聞いた十方世界の一切衆生は今釈迦の居る娑婆世界へ数限りない宝物を各
地から投げ入れるように、娑婆世界上空に雲の集まるが如くに散りばめられた宝物は、
諸佛の頭上を宝の網となって覆い尽くしました。
   
今回、そのように娑婆世界中心に十方世界すべてが一時のうちに一佛土のように一体
化となった時、釈迦は上行などの地涌菩薩大衆に告げ賜わりました。
   
「 諸佛の神力はこのように無量無辺不可思議であろう。しかし、我れがたとえこの
神力を用いて、無量無辺百千万億阿僧祇のとても長き劫をかけてでも、汝らのへ委嘱
を図るがためにこの法華経による功徳をどんなに説明しようとも、なお完全に説き尽
くせることではないのである。
   
肝要にしてこれを言うならば、如来の存在するが故の一切の法・如来の自在の行使の
ための一切の神力・如来の特有な教法の秘密の蔵・如来の甚大で深い瞑想の一切の事
・を皆この法華経において宣(のべ)られ、示され、顕され、そして説かれていると
いうことだ。
   
この故に汝らは如来の滅後においては、これをしっかりと受け止めて、まさに一心に
この法華経を受持・読誦し、解説・書写し、その説のままに修行をするのだ 」と。
   
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   3. 今 日 の 謎 !   (滅)
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まず、今日の謎を整理して見ることにしましょう!
   
その謎1:釈迦は、上行等の地涌の大菩薩大衆に対しては、将来に如来が居なくとも
     この法華経に記されていることだけでしっかり修行していける意味を告げ
     ているのでしょうか?
   
その謎2:どんな諸佛や如来による大神力の不可思議な威力も、法華経に記されてい
     るすべての真実には到底、敵わないということなのでしょうか?
  



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法華経 序品第一

 

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6-21

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コメント: 1
  • #1

    ぶっけん成安田 (土曜日, 21 10月 2017 13:29)

    「教行信証」の行と信について親鸞聖人はどちらを選ぶべきかを討論しました
    これについて私なりに考えを述べさせていただきたいと思います
    「行」と「信」とは、真実とは常の「行い」なのか、それとも一途の「信念」なのかということだと思いますが、この二つを横に並べて右か左かのどちらかではなく、どちらが上なのか下なのかという問いだったのではないかと思います
     
    今日の如来神力品の四大菩薩たちへは釈迦はすぐにすべては説かず、ここに明らかに法華経をとどめて置いていくとして伝えているのです
    この四大菩薩の名前は上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩です
    この4名とも皆名前に「行」が同じく付いているのです
    つまり、お釈迦様は四大菩薩へは直接にすべてのことは教えなかったのであり、置かれた法華経において自ら修行せよと命じておられたのでした
     
    (ぶっけん成安田)